子どもの咳
咳は空気の通り道である気道内の異物や分泌物を素早く排除するための体の防御反応です。子どもは大人と比べ、体格が小さいために、気道も同様に大人と比べると非常に細いです。したがって、小さなお子様ほど気道が閉塞しないように、ちょっとした気道の炎症や異物に反応して咳を出そうとます。風邪の罹患中だけなく、治った後でも咳が長引くのは、回復期に分泌される痰に対する反応だったり、気道の炎症によって過敏性が増したことによる影響が多いと考えます。長引く咳の症状がある場合には、発熱や痰など他の症状の有無や内容、咳が出やすい時間帯などを確かめることで、原因疾患をある程度絞ることができます。気がついたことをメモしておいて受診の際に医師に伝えてください。また、咳は呼吸に必要な筋肉を総動員して成り立つ運動であり、頻回の咳は体力の消耗に繋がります。2週間以上も咳が続く場合はそのまま様子を見ていてよい咳かを判別する必要がありますので、お気軽にご相談ください。
咳の種類
咳には様々な音があり、どんな咳が出るかも重要な情報です。受診する日中にはあまり咳が出ない場合では、下記を参考にご自宅で耳にした咳の音の感じをお伝えください。また特徴的な咳のときは動画で記録していただけると診断に有用な情報になります。
- 乾いた咳 コンコン
- 痰が絡むような咳 ゲホゲホ
- 犬の吠え声、オットセイの声に似た咳 ケンケン
- 喘鳴 ヒューヒュー・ゼイゼイ
速やかな受診が必要な咳
- 異物を誤嚥した可能性がある
- 顔色が悪い
- 陥没呼吸(鎖骨の上や肋骨の下が呼吸に合わせてくぼむ)
- 肩呼吸(呼吸のたびに肩が上下する)
- 鼻翼呼吸(呼吸のたびに小鼻が膨らむ・しぼむ、小鼻がピクピク動く)
- 近寄ると呼吸のたびに音がする
- 咳き込んで眠れていない
- ヒューヒュー・ゼイゼイする喘鳴が続く
上記のような症状が1つでもある場合には、すぐに受診してください。尚、喘息で受診していて喘鳴が起こった場合には、医師から指示された吸入などを速やかに行ってください。
また上記のような症状がなく、咳以外の症状もない場合でも2週間以上咳が続く場合は早めに受診してください。
咳を起こす主な原因疾患
風邪
鼻や喉といった上気道に急性の炎症を起こしている状態で、『感冒』や『かぜ症候群』とも言われます。主にウイルスによって発症して鼻水や鼻づまりを起こします。急性鼻咽頭炎、急性上気道炎、かぜ症候群、感冒などと呼ばれることもあります。原因となるウイルスには、ライノウイルス、RSウイルス、ヒトメタニューモウイルス、コロナウイルス、アデノウイルス、コクサッキーウイルスなどがあります。半分程度は10日以内に咳の症状が改善し、25日以内に90%が改善するとされていますが、気道が過敏な状態が続いて慢性化することがあります。慢性的な咳がある状態を感染後咳嗽と呼びます。慢性的な咳がある場合には、X線検査で気管支や肺の状態を調べるなど詳細な検査が必要となります。当院ではX線検査室にも換気装置を備えていますので、発熱や咳がひどい患者様でも普通にX線検査を受けて頂くことが可能です。
クループ症候群(急性喉頭気管支炎)
生後6か月から3歳くらいまでに起こりやすい疾患です。軽度の場合は、ケンケンという咳やしゃがれ声の症状だけを引き起こしますが、重度になると、息を吸うときにヒューヒューと苦しそうな喘鳴を発します。鎖骨の上や肋骨の下が呼吸に合わせてくぼむ『陥没呼吸』も重症のサインです。特に1歳未満のお子様では呼吸困難が強く酸素投与が必要になることがあります。吸入やのどの炎症を抑えるステロイド剤が奏功するので、喘鳴や陥没呼吸がある場合はすぐ受診してください。
副鼻腔炎
黄色っぽく粘りが強い膿性鼻汁が出て、鼻水が内側を伝って喉の方に流れる後鼻漏を起こします。鼻づまりや頭痛、顔の圧痛を起こすこともあります。後鼻漏で痰、痰が絡んだようなゲホゲホという咳が起こりやすくなり、長引く咳を起こすことがあります。また、副鼻腔の粘膜は気道の粘膜と共鳴すると言われ、副鼻腔の慢性的な炎症は長引く咳の原因であることがあります。急性の副鼻腔炎は60%程度が自然治癒するとされていますが、長引いて慢性化する場合もありますので必要がある場合には抗菌薬による治療を受けてしっかり治すことが重要です。詳細な診断にはCT検査が有用ですが、小児では被爆のリスクも無視できず、低線量のX線検査だけでも大体のことがわかります。十分に病態を評価した上で適切な治療を受けましょう。
気管支炎・肺炎
かぜ症候群による上気道の炎症が気管支や肺まで広がった状態です。上気道炎に比べて咳や発熱などの症状が強くなりやすく、回復までにかかる期間も長くなる傾向があります。発熱期間が長い時や血液検査で炎症が強いと判断される場合には、抗菌薬治療を行います。一般的な抗菌薬投与にても咳が続く場合には、マイコプラズマや百日咳の可能性があるため、それに適した薬剤に変更する必要があります。肺炎の場合にも基本的な治療は同様ですが、酸素投与が必要なときや体力の消耗が顕著な場合は入院での治療が推奨されます。
気管支喘息
ダニやハウスダストなどに対して生じたアレルギー反応によって気管支を中心とした気道に慢性的な炎症が起きている病態です。その結果、気道が狭くなり、ちょっとした刺激にも過敏に反応してヒューヒュー・ゼイゼイという喘鳴を生じる喘息発作を起こします。アトピー性皮膚炎や食物アレルギーがあるお子様に多く発症しますが、アレルギー体質が指摘されていなくても発症することもあります。大きな発作を起こしたことがなくても、風邪の後などに咳の症状が長引く場合や夜や明け方に咳が出やすい場合、運動するとゼイゼイするなどの症状がある場合は気管支喘息が疑わしいので受診してください。
また、咳き込んで話せない・歩けない・眠れない場合や、咳が続いて顔色が悪い・呼びかけても反応が薄い・陥没呼吸・肩呼吸・鼻翼呼吸などがある場合は、すぐに受診してください。
咳喘息
ヒューヒュー・ゼイゼイという喘鳴や呼吸困難はありませんが、咳だけが症状としてある場合に咳喘息と呼ばれます。いわゆるアレルギー体質が関連した子どもの喘息とは違った病態ですが、基本的には気道のアレルギー反応を鎮める薬と気管支拡張剤といった喘息と同様の治療を選択されることが多いです。圧倒的に成人に多い疾患で、喘鳴を伴わない咳が8週間以上続き、気管支拡張薬による治療が有効な場合に咳喘息と診断されます。
百日咳
百日咳菌(Bordetella pertussis)という細菌による感染症です。感染症法では5類感染症であり、全数把握疾患とされているため、診断された場合は届け出が義務付けられています。潜伏期間は1週間から10日程度とされていて、風邪のような症状が1~2週間続くカタル期を経て、その後2~4週間は特徴的な咳が続きます。顔が赤くなりコンコンと激しく咳き込むスタッカートと呼ばれる咳で、咳の終わりに音を立てて息を吸い込みます。こうした特有の咳が1週間から数か月続いて回復に向かいます。4種混合ワクチンには百日咳も入っていますが、接種していても感染することがあります。その場合には、特有の咳症状が現れにくい傾向があります。また、生後間もない新生児が罹患すると、咳だけはなく無呼吸発作を生じ、危険な状態に陥ることがあり注意が必要です。
診断は咽頭粘液の採取で可能です。早期の抗菌薬投与にて罹病期間が短縮できると言われていますが、子どもの咳の原因として早期に発見することは極めて困難です。家族内感染することが多いので、同居されているご家族で乾いた咳が長引いている場合は積極的に検査をすべきです。気になる症状があれば早めに受診しご相談ください。
気道異物
呼吸の際に空気が通る喉頭や気管、左右の肺に分かれる主気管支に異物がはまってしまうと窒息してしまいます。空気がある程度通過できる場合でも、呼吸が困難になります。空気がある程度通過できる場合は、長引く咳、ヒューヒュー・ゼイゼイする喘鳴などを起こします。異物が移動して窒息することもありますので、気道に異物が入ってしまった場合は急いで救急外来を受診してください。尚、異物はX線撮影では確認できない場合があり、胸部CT検査や内視鏡検査などが必要になることもあります。
※『誤飲』と『誤嚥』は全く違うものですのでご注意ください
『誤飲』は呑み込んだものが食道に、『誤嚥』は気道に入った状態です。小さなお子さんでよく見られるのは『誤飲』です。この場合は、息苦しさなく、声が出ている状況であれば救急要請は不要です。受診が必要な状態か救急病院に確認しましょう。当院ではX線検査も可能ですので、呑み込んでしまった可能性があって心配なときは受診してください。一方、『誤嚥』の場合は多くの場合ひどい咳や呼吸苦が見られます。一過性の咳で終わることも多いですが、咳が長引いたり、一旦改善した咳が再度増悪した場合は誤嚥性肺炎を来している可能性があります。これも診察とX線検査が有用ですので疑わしい場合は受診してください。
胃食道逆流症
胃の内容物が食道に逆流する胃食道逆流現象はゲップなどでも起こる生理現象ですが、食道の炎症などを起こす原因になっている場合には、胃食道逆流症と診断されます。逆流して気道に入ったり、刺激が食道にある咳受容体を刺激したりすることで咳が起こりやすくなります。成人に多い逆流性食道炎でも主な症状に長引く咳があります。
日中に乾いた咳を起こしやすい、就寝時など横になると咳が出やすい場合には、胃食道逆流症の可能性を考慮する必要があります。
心因性咳嗽(がいそう)
咳嗽は咳という意味で、心因性咳嗽では乾いた咳を繰り返します。日中、覚醒しているときに咳が多く、睡眠中は咳が目立たないことが特徴です。また季節などにも左右されません。心因性咳嗽を診断するための検査はなく、気管支喘息や副鼻腔炎、咳喘息、胃食道逆流症など他の病気ではないことを確認した上で診断するため、診断されるまでに時間がかかります。ストレスや緊張などが気道への刺激となって咳の症状が出ると考えられています。
受診をお薦めする咳
風邪で他の症状は治ったのに咳だけが長引いている場合、2週間以上続くようでしたら受診をお薦めしています。他に症状がなく元気で、水分や食事をしっかりとれている場合には1週間程度様子を見てもそれほど心配ありませんが、2週間以上続くと適切な治療が必要な疾患の可能性があります。進行して悪化させないためにも、2週間以上咳が続くようでしたらご相談ください。
特に他に症状なく咳が続く場合、気管支喘息や副鼻腔炎などの一般的な疾患のほか、百日咳などの呼吸器感染症、心因性咳嗽、心不全、先天的な疾患などが潜んでいる可能性があります。当院にはX線検査をはじめ、肺機能検査、心臓超音波検査、詳細な血液検査も可能です。長引く咳・気になる咳の症状がありましたら、ご相談ください。